アートを通じ多様な人々がともに驚きを体験する

コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ[CAT]日本とオランダの協働アートプロジェクト2022年度活動レポート

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このプロジェクトについて ABOUT

コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ[CAT]は、「ディア ミー」(日本)と、「アトリエ・エー」(日本)、「ミュージアム・オブ・マインド(心の美術館)」(オランダ)、3者のコラボレーションによるアートプロジェクトです。

「コレクティヴ・アメイズメンツ」は、集団で体験する驚き、「トゥループ」は、一人ひとり独立した表現者たちの集まりを意味します。多様な特性のある子どもや若者、大人の伴走者が互いに好奇心を持って出会い、表現の場をともにつくりだしていくことを目的とした活動です。

2016年に「NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]」で発足した「ディア ミー」プロジェクトでは、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもや若者が、アートというプラットフォームを介して自然に混ざり合い、互いの異なる視点や思考からよりよい未来を考え学び合うプログラムを創出してきました。

アート鑑賞プログラムや創作ワークショップなど、これまでディア ミーの活動で培った経験や関係性をさらに発展させるべく、2つの団体とのパートナーシップのもと、2022年よりスタートしたのが本プロジェクトです。パートナー団体の「アトリエ・エー」は、20年にわたりダウン症や自閉症など発達に特性のあるメンバーを中心に絵を描く活動を行ってきた市民グループで、「ミュージアム・オブ・マインド」は、アートや科学、ケアを通じて社会にメンタルヘルスと心の多様性の理解を促していくことを目的としたオランダの美術館です。

このCATプロジェクトは、今後、複数年にわたり日本とオランダのNPO、市民団体、美術館、それぞれの活動の場で得た知見や経験を持ち寄り共有すること。そして、多様な人々とのアート体験から生まれる表現や変化をアート・医療・教育のフィールドから多角的に考察し、その学びの意義を見出すことで、ゆくゆくはニューロダイバーシティを推進するアートプログラムへと発展させていく試みです。

本ウェブサイトは、プログラムの成果やデータの紹介を主な目的とせず、多様な子ども・若者の声や表現、それぞれの小さなエピソードをはじめ、彼らに寄り添う医療従事者や精神福祉に携わるスタッフやアーティストなどの声を紹介することで、アートの新たな有用性について考え、その意味を広げていくための場を目指します。

※ニューロダイバーシティ:「神経多様性」を意味する、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の2つを掛け合わせた言葉。「脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性と捉えて互いに尊重し、その違いを社会の中で生かしていこう」という考え方。

プロジェクトを協働する3つの団体 COLLABORATION

アトリエ・エー

atelier A
アトリエ・エー

Photo: Isamu Sakamoto

アトリエ・エーは、ダウン症、自閉症の子どもたちを中心とした絵の教室。赤荻徹さん・洋子さん夫妻により、2003年から東京・渋谷区で月1回開催する形でスタートした市民活動です。

アトリエ・エーが生まれたきっかけは、2002年、徹さんがコーチとして立ち上げに参加した、ダウン症の子どもたちのサッカーチーム「エイブルFC」のメンバー、京太郎さんとの出会いからでした。ある日、京太郎さんが赤荻さんの自宅に泊まることになり、そこで彼はかわいらしい猫の絵を描き始めました。もともとアートが好きで、アウトサイダー・アートにも関心のあった赤荻さん夫妻は、その京太郎さんの様子を見て、子どもたちの創作の時間をつくり才能を支援する、学校でも福祉作業所でもない余暇を楽しむ絵の教室をはじめよう、と閃きました。こうして翌年、赤荻さんの自宅でアトリエ・エーが始まりました。
徹さんは、両親が教員でお母さんは特別支援学校の教員だったため、ダウン症や自閉症の子どもたちは昔からとても身近な存在で、彼らの個性をよく理解していました。子どもたち3人から始めたアトリエは、年を追うごとにメンバーが増え、2023年で20年目。今では、100人を超える子どもたちと、同じく100人を超える教室を支えるスタッフが参加。子どもたちの個性に負けないくらい、スタッフの大人たちも、俳優やデザイナー、編集者、ミュージシャン、アーティスト、アートキュレーターなど、多才な面々が集まります。

アトリエの活動は、それぞれに描きたい絵を自由に描き、描いた絵を全員の前で一人ひとり発表するというシンプルなものです。活動を始めた当初は、アートの仕事に携わる友人のスタッフと試行錯誤しながら、各回テーマや課題をもうけて創作していましたが、回を重ねるごとに、子どもたちのクリエイティブな自己表現のサポートに重きを置くようになりました。今ではサポートという概念さえも越え、子どもも大人も参加者全員が互いに刺激を受け合い、友情を育み、表現のすべてを受け入れ祝福することのみで成り立つ、豊かで楽しい場所になっています。アートが主目的の活動場所から、インクルーシブな交流拠点に変わりつつあります。

京太郎さんの写経の作品

Photo: Isamu Sakamoto

京太郎さんの写経の作品

京太郎さんの写経の作品

京太郎さんが写経の作品を描き始めたのは、よく行くコンビニエンスストアの店員さんから写経をプレゼントしてもらったことがきっかけだったそう。以来、家でもアトリエでも、毎日写経をモチーフに色鉛筆でカラフルな文字を描いている。

アトリエでの発表の時間

Photo: Isamu Sakamoto

アトリエでの発表の時間

アトリエ活動では、毎回最後にみんなの前で描いた作品を発表する。人前が恥ずかしい子も、パフォーマンスが得意な子も、赤荻さんとの掛け合いが楽しくて発表待ちの行列ができるほど一番盛り上がる時間。

ミュージアム・オブ・マインド

ミュージアム・オブ・マインド
ミュージアム・オブ・マインド

ミュージアム・オブ・マインドは、ドルハウス財団が運営する、「ヘルスケア」「アート」「サイエンス」の境界を超えたコレクションとプログラムを展開する美術館です。
700年以上前に建てられ、ハンセン病患者の隔離施設や精神病院として使用されてきた、ヘルスケアの歴史を持つ建造物を活用し、2005年に開館。かつて使用されていた独房などをハイライトとして残す形で、2020年に大規模改修を行いリニューアル・オープン、2022年には「ヨーロッパ・ミュージアム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。
オランダで唯一、アウトサイダー・アートの大規模で国際的なコレクションを所蔵、常設展示している美術館でもあり、ユニークでパワフルでありながら、もろく壊れやすい人間の心の多様さにフォーカスし、自分自身と他者の心を発見するさまざまな展示やプログラムが展開されています。

自殺防止団体との協働プログラム「word up」

自殺防止団体との協働プログラム「word up」

自死をはじめ、タブーとされる話題を青少年の日常空間である学校に持ち込み、複雑な感情を言葉やダンス、音楽などで自由に表現できる場を創出するプログラム。

アートと健康を考えるプログラム
「genees kunst」

医療従事者を対象に「美術と健康の関係性」について考察するプログラム。参加者それぞれが自身の医療的専門業務にアートをどう取り入れられるか、患者にとってアートはどんな意味を持つのか、ともに考え試行錯誤を重ねていく。

ファン・ゴッホ美術館との協働

ファン・ゴッホ美術館との協働

オランダを代表するポスト印象派の画家、ファン・ゴッホ最大のコレクションを有する「ファン・ゴッホ美術館」との協働プロジェクトを準備中。長く精神的な症状を抱えながら創作を続けたという「ゴッホの精神状態」を出発点に、特に若者を対象としたメンタルヘルス・プログラムの準備を進めている。

寄り添う音声ガイド「Route」

美術館の音声ガイドの可能性を広げるプログラム。アート鑑賞に新しい視点をもたらしてくれる、俳優で映画監督のナズミエ・オラルの声による「オープン・マインド・ルート」。展示空間でゆったりとした時間が過ごせる、フローマガジン社とのコラボレートによる「フロー・スロー・アート・ルート」。8〜12歳の子どもたちのための「チルドレンズ・ルート」では、自分だけのガイドをつくることも。

ミュージアムカフェ

ミュージアムカフェ
「Thuys, inspired by Ron Blaauw」

ミュージアム・オブ・マインドの建物の中で最も古い礼拝堂を、リニューアルに伴いカフェとしてオープン。シェフのロン・ブラウ氏のチームと協力し、このカフェでは、雇用市場から遠ざかっている人たちが社会復帰するための雇用を提供する社会的企業としても動き始めている。

哲学者と行く、お出かけ鑑賞プログラム 展示風景:「塩田千春展:魂がふるえる」森美術館、2019

Photo: Yukiko Koshima

2001年、現代アートに興味がある誰もが学び、対話し、思考するプラットフォームづくりを目指して、6名のキュレーターとアート・マネジャーが立ち上げたNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]。近年では、国内外のアーティストや研究者、文化機関、財団などと連携しながら、ホリスティックな視点でアートと社会を捉え直す学びを提供している中で、2016年にディア ミー(dear Me)プロジェクトが誕生しました。ディア ミーとは、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもや若者と、アートの思考やアーティストの表現を軸に、よりよい未来を想像するプロジェクト。
アートの自由な世界や多様な価値観を共有するワークショップやイベントを企画・実施しています。美術館にでかけ作品に出合う「美術鑑賞プログラム」、国内外のアーティストやアートの専門家を招いて行う「創作ワークショップ」、アートとケアを横断するレクチャー、表現を通じて当事者の声を発信するプログラムなど、子どもたちの自己肯定感を高めながら自由に表現する場、そして世界の広がりと社会とのつながりが実感できるような機会を創出しています。

お出かけ鑑賞プログラム 展示風景:「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」森美術館、2017

Photo: Takaaki Asai

多様な子ども・若者との美術鑑賞プログラム

異なるバックグラウンドを持つ子どもや若者とともに美術館へ出かけ、芸術表現と直に出合う鑑賞プログラム。ファシリテーターには、アート関係者だけでなく、精神科医や哲学者など、多領域の専門家が参加。作品を体感しながらじっくりと観察し、自由に物語を膨らませて対話を深めていくことで、想像力を育み多様な生き方へと視野を広げていくことができる。

エスター・フォセン(フィフス・シーズン)と和田昌宏によるワークショップ 「オランダと日本のおとぎばなしを読んで、登場人物の気持ちを自由に表現しよう!」より 2018

Photo: Takaaki Asai

海外からケアとアートの専門家を招いて行う
国際的な教育プログラム

メンタルヘルスとアートを結ぶ先駆的なプログラムを実施する海外の芸術団体や美術館からアーティストやキュレーター、エデュケーターを招き、子どもや若者を対象にワークショップを実施しています。アートを通して自然に外国語や異文化に触れながらコミュニケーションを取ることで、新たな体験を創出。アーティストやキュレーターにとっても、子どもたちの感性やアイデアに触れることでインスピレーションが得られる機会となり、作品やプロジェクトが発展することも。

田村友一郎《MJ》より dear Meとの協働で行ったリサーチをもとにした映像作品 2019

©Yuichiro Tamura

川村亘平斎とAFRA、二葉むさしが丘学園の子どもたちによるオリジナル影絵劇《二葉天狗とおおぐい海獣》より  子どもたちが制作した影絵人形  2018

Photo: Yukiko Koshima

同時代を生きる現代アーティストによる
ワークショップ

国内で活動するアーティストをゲストに招き、多様な子どもや若者を対象にしたワークショップを開催。ワークショップでは、アートを通じて、子どもたちが本来持っている想像力や表現力を引きだす工夫を取り入れ、作品をつくるきっかけや社会への批評的な眼差しなど、作品制作の背景にあるアーティストのさまざまな考えに触れながら、主体的に発言、表現する方法を見つけていく。

海外ルーツの子どもたちに向けた、アートと環境を考えるサウンドワークショップ 2022

Photo: Yukiko Koshima

児童福祉団体を通じた多様なコミュニティーと
アーティストの連携

いろいろな国にルーツを持つ子どもや若者、障害や発達の特性のある子ども、児童福祉施設で暮らす子どもなど、多様なコミュニティーの子どもや若者とアーティストの協働をサポート。アートが持つ、フレームに捉われない自由な発想を生かして、それぞれが自然に混ざり合う場をつくり、経験をわかち合う活動をしている。表面的には見えづらい不登校や子どもの貧困ほか、現代社会にあるさまざまな課題をともに考え、よりよい未来を考えるヒントを探る。

2022年度の取り組み PRACTICE 2022

INSPIRATION PROGRAM

お出かけツアーとアトリエ創作活動

CATの2022年度の取り組みとして、障害のあるメンバーとともに美術館を訪れ、対話を重ねながら新たな刺激や発見を得る「インスピレーション・ツアー(美術館でのアート鑑賞)」と、後日にその経験から自身の表現を深める創作活動を行う、「インスピレーション・プログラム」を実施しました。

インスピレーション・ツアーは、協働団体である「ミュージアム・オブ・マインド」館長のハンス・ルイエンさんがアドバイザーを務めるアムステルダムの「アウトサイダー・アート ギャラリー」で行われているプログラムに着想を得ました。障害のあるアーティストだけでなく、子どもから大人、時にはホームレスの友人も一緒に美術館やアーティストのスタジオなどに出かけ、ともに時間を過ごし、「そこで得た刺激や出会いが、参加者の新しい創作につながるかもしれない」というワクワクするような考えのもとで行われている活動です。ディア ミーのスタッフが2018年に現地を訪問した際にこのプログラムをヒアリングしたことから、本協働プロジェクトが始まりました。
第一回目となるインスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーのメンバーとアトリエを飛び出して美術館へ。いつもアトリエで一緒に創作しているみんなで知らない場所にでかけ新しい表現に出合うと、どんなことが起き、どんな表現が生まれるのでしょうか。
訪れたのは「東京国立近代美術館」の「MOMATコレクション展」。100年以上にわたる近現代のアーティストたちのさまざまな表現に触れ、その数日後に、いつものアトリエで創作活動を行いました。

2022年度の取り組み PRACTICE 2022

MEMBER

インスピレーション・プログラムに参加した
アトリエ・エーの13人のメンバー

かんさん KAN

かんさん

アトリエ・エーの初期から通うメンバーのひとり。
お気に入りのモチーフはドレス。

One of the members who has been coming
to atelier A since its early days.
His favourite motif is a dress.

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ゆかりさん YUKARI

ゆかりさん

かわいらしいものが大好き。
お気に入りのキャラは、
星のカービィやドラミちゃん。

She loves cute things.
Her favourite characters are
Kirby the star and Dorami.

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まさかずさん MASAKAZU

まさかずさん

普段から美術館に行くのが好き。
展覧会フライヤーに着想を得て絵を描くことも。

He likes to make regular visits to museums.
He sometimes draws pictures inspired
by flyers of exhibitions.

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とわのさん TOWANO

とわのさん

シニヨンヘアが似合うバレリーナ。
かわいいものとゴージャスな雰囲気が好み。

She is a ballerina with chignon hair who likes
pretty things and gorgeous atmosphere.

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よういちろうさん Yoichiro

よういちろうさん

アトリエ・エーの初期メンバー。
創作のモチーフは主にポケモン。
国旗や外国にも興味津々。

An early member of atelier A.
The main motif of his creations is Pokémon.
He is also interested in flags and foreign countries.

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ひかるさん HIKARU

ひかるさん

夢はイラストレーター。
緻密な筆致の作風とは対照的に、
ダンスパフォーマンスも得意。

His dream is to be an illustrator.
In contrast to his style of detailed brushwork,
he is also an accomplished dance performer.

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ケンタさん KENTA

ケンタさん

幼い頃からアトリエ・エーに参加。
柔術からサッカーまで、さまざまなスポーツに挑戦。

He has been attending atelier A since he was a small child.
He has tried many different
sports, from jujitsu to football.

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つよしさん TSUYOSHI

つよしさん

アトリエ・エーのスタート当初から参加。
空想のカクテルの絵に言葉を添えたシリーズを制作。

A member who has participated in atelier A since its start.
He has created a series of pictures drawing
imaginary cocktails with words.

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いまさん IMA

いまさん

猫と本と体操が大好き。
絵と文字で描いた地域猫調査票を制作中。

She loves cats, books and gymnastics.
She is working on creating a report with pictures
and texts studying neighborhood cats.

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チセさん CHISE

チセさん

表情豊かでチャーミング。
想像力あふれるモチーフから多彩な絵を描く。

An expressive and charming girl.
She draws a variety of pictures from
imaginative motifs.

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けんたさん kenta

けんたさん

歴史や動物に詳しく、
好奇心旺盛なアトリエ・エーのムードメーカー。

He is filled with curiosity and is very knowledgeable
about history and animals. With his cheerfulness,
he always lightens the mood at atelier A.

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しょうまさん+はるきさん SHOUMA & HARUKI

しょうまさん+はるきさん

ポケモンをきっかけに意気投合。
年は少し離れているけど、兄弟のように仲良し。

They became friends through their mutual
interest in Pokémon. Though a bit apart in age,
they are as close as brothers.

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2022年度の取り組み PRACTICE 2022

INSPIRATION
TOUR

みんなで美術館へ

INSPIRATION TOURのページで掲載した作品は、
2022年10月12日- 2023年2月5日の展示です。

11.20

at The National Museum of
Modern Art (Chiyoda Ward,Tokyo)
東京国立近代美術館(東京都千代田区)

2022年11月20日、初回となるインスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーに通うメンバー(子どもと若者)とファシリテーター(大人)合わせて41名で、東京国立近代美術館へお出かけ。メンバーとファシリテーターが少人数のグループやペアにわかれて、所蔵作品展「MOMATコレクション」で、近現代の100年以上にわたるさまざまな表現を鑑賞しました。

グループは、障害のあるメンバーとないメンバーとが混ざり合うように。また、デザイナーやアーティスト、精神科医、ソーシャルワーカーなどの専門性を持つファシリテーター1名につきメンバー1〜2名(ほぼマンツーマン)となるように構成。中には、美術館を初めて訪れるというメンバーもいたため、ファシリテーターは一人ひとりの声に丁寧に耳を傾けることに注意を払い鑑賞を進めました。メンバーそれぞれが、展示作品の色や形、モチーフなどから得たインスピレーションを自由に語り合う中で、また別のインスピレーションが生まれる瞬間も。一人ひとりの個性あふれる視点が、ファシリテーターの大人にも刺激を与えました。ツアーの最後には、それぞれが気になった作品や好きな作品、発見したことなどについて話し合う振り返りの場を設け、後日に予定しているアトリエでの創作活動の土壌をつくりました。

萬鉄五郎《裸体美人》1912年
東京国立近代美術館蔵 重要文化財

Tetsugoro Yorozu《Nude Beauty》1912
Collection of The National Museum of Modern Art, Tokyo
National Important Cultural Property
Photo: MOMAT/DNPartcom

萬鉄五郎《裸体美人》1912年

(なんで裸なんだろう?)プールに行ったのかな

(Why is she naked?)
Maybe she went to the
swimming pool.

ピクニックかな?

食べものないからピクニックじゃないよ。ボールもない

Is she having a picnic?
It’s no picnic because there’s no
food. There’s no ball either.

お花畑なんだけど、もっとオレンジ色があった方がいい

It’s a flower garden,
but it should be
more orange.

龍に乗っかっているかも

Maybe she’s lying on
a dragon.

MOMATコレクション鑑賞風景

Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto

MOMATコレクション鑑賞風景

泥棒に色を盗まれたの

Colors were stolen
by a thief.

MOMATコレクション鑑賞風景

Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto

MOMATコレクション鑑賞風景

猫浮かんでる!

Cat floating!

原田直次郎《騎龍観音》1890年
東京国立近代美術館寄託 護国寺蔵 重要文化財

Naojiro Harada《Guanyin riding the dragon》1890 
National Museum of Modern Art, Tokyo 
Long term loan (Gokokuji Temple Collection)
National Important Cultural Property

原田直次郎《騎龍観音》1890年

神様だね。頭の後ろに丸い輪っかがあるから

あと金色の持ってる

額縁がかわいい。みんなのと違って、キラキラしてる

本物の龍みたい

‘It’s God, isn’t it?
‘Because she has a round ring on
the back of her head.’
‘And she has a golden thing.’
‘The frame is cute. It’s different
from everyone else’s. It’s shiny.
It looks like a real dragon.’

龍が犬みたいでかわいい。乗ってみたい

Cute dragon, like a dog.
I want to ride it.

フェルナン・レジェ《女と花》1926年
東京国立近代美術館蔵

Fernand Léger《Woman and Flower》1926
Collection of The National Museum of Modern Art, Tokyo
Photo:MOMAT/DNPartcom

フェルナン・レジェ《女と花》1926年

これはすごい。人間があって、音楽みたい。
パソコンみたいにも見える、四角くなってて

This is amazing.

There’s someone, it’s like
music here. It’s square and
looks like a computer.

これはチョコレートメーカー。
頭の後ろの丸のところでチョコレートをつくって、
口からでてくるの

This is a chocolate maker.
It makes chocolate in a
circle behind her head and
it comes out of her mouth.

MOMATコレクション 鑑賞風景

Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto

MOMATコレクション 鑑賞風景

幸せだから色がいっぱいある

Happiness brings
out many colors.

あれは、花火

Those are
fireworks.

奥村土牛《閑日》1974年
東京国立近代美術館蔵

Togyu Okumura《A Leisure Day》1974
Collection of The National Museum of
Modern Art, Tokyo
Photo: MOMAT/DNPartcom

これ好き!

I like it!

わたしも猫好きよ。かわいいから好き

I like cats too
because they’re cute.

MOMATコレクション 鑑賞風景

Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto

MOMATコレクション 鑑賞風景

赤が日本、緑がブラジル、青がスウェーデン、
黄色は韓国、中国、メキシコ。茶色は鉄道

Red is Japan, green is Brazil,
blue is Sweden,
yellow is South Korea,
China, Mexico.
Brown is railway.

これピアノ。ずっと見えないね

This is a piano.
Can’t see it
the whole time.

ニンジン、モヤシ、ブルーベリー。お腹すいたね〜

Carrots, bean sprouts,
blueberries. I’m starving.

2022年度の取り組み PRACTICE 2022

CREATION

アトリエでの創作活動

11.23
11.28

at Uehara Social Education Center
(Shibuya Ward, Tokyo)
上原社会教育館(東京都渋谷区)

2022年11月23日と12月18日(インスピレーション・ツアーの3日後と1カ月後)に、プログラム参加メンバー40名による創作活動を行いました。普段の画材に加えて、いつものアトリエ・エーの創作活動では使わない、大きな画用紙やアクリル絵の具、ローラーやハケ、水彩多色色鉛筆などを用意。「絵の具を使ったことがない」というメンバーも、初めての素材の感触をゆっくりと楽しみ、大胆な新しい表現にもチャレンジしていました。
いつも通り、「描きたい絵を自由に描こう」を前提に、美術館で観た作品をモチーフに描いた絵に、いつも描いているお気に入りのキャラクターの絵をコラージュしたりと、これまでの創作活動では見られなかった発想や表現が生まれていました。中には、おしゃべりに夢中になって、なかなか筆が進まないメンバーも。いつもと変わらない光景の中に、少しずつ新たな創造性が育まれつつあります。

驚きをともに体験する「インスピレーション・ツアー 2022」

Collective Amazements “ Inspiration Tour 2022”

活動に寄り添う人たちの眼差し REFLECTION

コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ[CAT]では、プログラム実践とそのエピソードを紹介するだけでなく、この取り組みに携わる多様な大人たちとの「リフレクション」(感想・考え・振り返り)までをひとつの成果とし、次の実践へとつないでいきます。

ここでは、インスピレーション・プログラムに参加したファシリテーターやスタッフによるさまざまな視点を紹介。また、2023年1月13日と3月10日には、CATの取り組みを広く考察するため、オランダと日本をつなぎ、スタディ・セッションとトークイベントを開催しました。

CATでは、アートや精神医療に携わる多様な大人の視点、普段の子どもをよく知る大人の視点、また、オランダと日本の3つの協働団体の視点など、複数の眼差しを交差させ、この学び合いによって生まれる未来を想像し続けていきます。
活動を長期的に眺めていくことで、有機的なつながりが生まれ、子どもや若者のメンタルヘルス向上の場が育まれていくこと。さらには、多様な人々が芸術体験(=驚き)を共有することで得られるアートの有用性と可能性を考えていきます。

TALK SESSION

日本とオランダをつなぐ
トークイベント
2023.3.10

「すべての芸術は、人間の“エクスタシーの状態を促す扉”」

ALL ART FORMS ARE THE
“PORTAL TO STATES OF
ECSTASY” FOR HUMANS.

ロジャー・マクドナルド

Roger McDonald

Independent Curator, Program Director of TOTAL ARTS STUDIES

「少しの違いに好奇心を持つことが、
お互いを支え合う気持ちの芽生えになる」

TO BE CURIOUS ABOUT THE SUBTLE
DIFFERENCES MARKS THE
BEGINNING OF THE GERMINATION
OF A SENSE OF MUTUAL SUPPORT.

赤荻 徹

Tetsu Akaogi

Director, atelier A

「“私たちの心はみんな違う状態にある”ことを
しっかりと認知していくのが非常に大事」

IT IS VERY IMPORTANT TO
RECOGNIZE THAT “OUR MINDS
ARE ALL IN DIFFERENT
STATES OF BEING”.

ハンス・ルイエン

Hans Looijen

Director, Museum of the Mind

「個人の体験、変化、ストーリーを見ることが、
プログラムの意義になる」

THE SIGNIFICANCE OF THE
PROGRAM IS IN WITNESSING
THE EXPERIENCES,CHANGES,AND
STORIES OF THE INDIVIDUALS.

堀内 奈穂子

Naoko Horiuchi

AIT Curator, Director of dearMe

TALK「アートの有用性とメンタルヘルス」

Useful Art (Arte Util)and Contemplative Experiences

活動に寄り添う人たちの眼差し REFLECTION

COMMENTS

ファシリテーターと
保護者の振り返り

Tetsu Akaogi(Director, atelier A)

インスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーのスタッフがファシリテーターとして参加しました。ほぼ一対一で子どもたちの絵の感想や解釈の言語化をじっくり待ち、聞き取ってくれたことで、障害の有無を越えて他者の視点に触れながらアートを鑑賞するおもしろさを発見することができました。
また、アートがそれぞれの内なる言葉を引きだすコミュニケーションの手段になることを、改めて実感しました。アートを介して、お互いがどんなふうに世界を見ているのかを知ることができたことは、スタッフにとっても子どもたちにとっても、とても刺激的な体験になったと思います。
インスピレーション・ツアーを終えた数日後のアトリエ・エーでの創作活動については、正直なところ、ツアーでの体験が影響を及ぼすかどうかまったく想像できませんでしたが、子どもたちがいつもと違う画材や大きなサイズの紙に果敢に取り組み、鑑賞した名画からインスピレーションを受けたすばらしい作品を次々と描き上げたことに驚き、その無限のポテンシャルに心が震えました。
特に印象に残ったのは、何人かの子どもたちが、かたくなに画材を変えなかったり、ツアーに影響を受けたと思われるモチーフの間にチラッと自分の好きなキャラクターを忍ばせたり、絵の具で描いた作品にちょっとだけいつもの画材でいつものモチーフを描いていたことです。どうしても「いつもの」が「でちゃう感」が愛おしくてたまらなかったのです。
今回いつもと違う活動をしたことで、いつものアトリエ・エーの活動の尊さを実感できたことも大きな収穫でした。いつもの繰り返しがあるから、(その繰り返しが続けば続くほどに)その日の発表の中にある少しの変化が新しく見えるし、いつもの繰り返しの中で変わらないものにこそ、その人の本質があるのではないかとも思いました。
成功裏に終わったインスピレーション・ツアーと創作活動を、今後も継続し、たくさんの子どもたちに体験してほしいと強く願っています。ご協力いただいたすべてのみなさまに、改めて感謝申し上げます。

Tomoko Nishida(Psychiatric Social Worker)

インスピレーション・ツアーでは、みんなそれぞれに作品に対する視点や考えを熱心に伝えてくれました。どのコメントも私ひとりでは閃かないようなものばかりで、アトリエ・エーの温かい雰囲気の中、安心してのびのびと自己表現できていたと思います。そんな子どもたちの表情ややり取りを見て、こちらまで癒されました!ソーシャルワーカーという私自身の仕事においても、他者とのかかわり方について改めて見つめ直すいい機会にもなりました。

Hisae Maeda(Illustrator)

可能な限りたくさんの子どもたちにこのような機会があるといいな、と願わずにはいられませんでした。そして改めて、障がいがあってもなくても、子どもたちにはともに助け合える関係を築いてほしいと感じました。彼ら彼女らが、いつも友人として隣にいることが自然な社会になってほしいです。

Parent

子ども自身は詳しくは語らないし、どんなことを伝えたいのか、完全に理解するには難しい部分もあったのですが、充実した時間を過ごせたことは、確かに伝わってきました。

Hiroko Yasunaga(Planning and Accompaniment)

私が美術鑑賞をする時は、どうしてもその作家の人となりや、時代背景などから作品を読み解いていこうとしてしまいがちなのですが、このツアーに参加した子どもたちは一つひとつの作品と出合っては、その都度自分なりの反応を、大小さまざまに表現していました。また、鑑賞後の振り返りで感想を出し合い、それぞれが印象に残った作品を挙げた際、選ぶ作品にそれぞれの個性が感じられ、子どもの心と作品がつながる部分があったように感じました。今回の鑑賞ツアー自体が、オープンで自由な雰囲気を呈していたので、皆が感じたままに気持ちを言葉にすることができたのではないかな、と思いました。

Taku Yokosuka (Graphic Designer)

鑑賞と創作を終えたあと、つよしさんから「またみんなで美術館に行きたいな」という言葉がでました。それだけでも、今回の企画は大成功だといえると思いました。

Parent

「楽しかった」と言っていました。仲間と一緒に美術館を観て回れたのが大きな理由だったのかもしれません。

Jolien Posthumus(Mental Health Program Manager,
Museum of the Mind)

アトリエ・エーとディア ミーの活動や思いは、ミュージアム・オブ・マインドとの共通点が多く、共感できます。今回の取り組みからも、子どもたちがアートを通じてエンパワメントされること、アートの言語が、しなやかな方法で弱さを力に変えられること、写真や映像に映し出された彼らの創作風景から、それが目に見えて伝わってきました。また「お互いに好奇心を抱くところから始まる」という視点は、私たちのプログラムとの大きな共通点でもあります。多様な人同士が日常の出来事や鑑賞体験を共有することで、お互いをより深く知ることができるのです。

Tomoko Naoe
(Radio Personality / IT Industry Association staff)

子どもたちは、時に前屈して脚の間から絵を鑑賞したり、頭と体を横にして絵のモチーフを探ろうとしたり、いろいろな角度から自由に作品を楽しもうとしていました。
展示キャプションを読んだだけで、なんとなく作品を「わかったような」気になっている私たち大人とは違います。鑑賞は主体的でクリエイティブな行為であることを再認識させてくれるツアーでした!

Erika Kobayashi(Writer / Artist)

まさかずさんと一緒に展覧会を回らせていただきました。普段のアトリエでも彼とかかわる場面はありましたが、ここまでじっくり話したのは初めてでした。展示作品を前に、自分の好きな日本美術のこと、ご両親のことなど、次々広がる話を聞けたことがとてもうれしかったです。まさかずさんは、絵の構図や色合いの好みがはっきりしていて、「ここは素晴らしい」「ここにはオレンジ色を足した方がいい」といった彼ならではの視点が、私の絵画鑑賞にも新たな発見をもたらしてくれました。
創作の時間では、鑑賞の際に撮った写真をもとに、大胆で繊細な水彩を強い信念を持って仕上げ、その情熱に胸打たれました。私自身が多くを学ばせてもらったツアーになりました。

Lhotse(Psychiatrist)

私たちは美術館に行く時に展示しているものは、実際の人間や景色ではなく作品である。その作品は、自分のものではないというなんとなくの前提を持っています。でも、今回のツアーでは、参加者たちにその前提はありませんでした。ある参加者は作品が本物であるか偽物であるかという観点から鑑賞していました。また、ある参加者は自分の部屋に飾れるかどうかという観点から鑑賞していました。そこで改めて、私自身がいつもなんらかの前提を持って美術を鑑賞していたことを再認識しました。また、その前提はほかの人たちも同じだと思い込んでいたことにも。物事を認知する時の枠組みが自分と他者とでは異なること、他者を知るとはどういうことかについて考えさせられました。自分にたくさんの気づきを与えてくれた参加者たちに感謝です!

Saki Kato(Choreographer / Actor)

「言語化すること」について改めて考える、いい機会になりました。鑑賞中は、抽象画の方がより盛り上がる雰囲気があり、想像することを楽しんでいるように感じました。ある作品を前に、自分の中でイメージを膨らませたしょうまさんが「こんな感じだねっ」といって身体を使ってポーズを取った瞬間がとってもよかったです。言語化するよりもまず、脊髄反射的に表現している感じがしました。

Taro Nettleton(Associate Professor of Art History,
Temple University Japan Campus)

鑑賞ツアーが始まったとたん、けんたさんがガイドとして、ファシリテーターである僕をツアーに連れて回るというふうにシナリオをひっくり返したのが印象的でした。僕はそもそもけんたさんに作品解説をするつもりはなかったのですが、けんたさんはおそらく「ガイドされる」という状況を察して、イベント内容を自分に合うように瞬時に変えた、とてもクリエイティブな対応だと思いました。残念だったのは、彼が説明する側に立ったため、「素早く内容(具象されているもの)を把握すること」に重点が置かれてしまったこと。ゆっくり作品を観る、期待以外の経験をする、という機会にはならなかったように思います。

Kanako Hiramatsu(Artist)

普段あまりない経験でとても楽しかったです! みんなが楽しそうに描いているのを見て、私も初めて触れる素材に対して向き合うおもしろさを知りました。

Kanako Iwanaka(Art Coordinator)

この時間が子どもたちにとってどうだったのか、いつもの美術館での体験とは違うのか、それぞれの中に何か残ったのか、今はまだ分からないけど、みんながこれからどんな絵を描いていくのか楽しみです。

Parent

これまでも子どもとよく美術館を訪れてはいましたが、こんなふうに一生懸命に絵を観てそれを言葉にしていたのは初めてのことでした。何より、一対一でじっくりと自分の話や意見に耳を傾けてもらえたことがうれしかったようですごく自信もついたようでした。絵画の制作においても同様で、誰かが自分に真剣に向き合ってくれているということが大きな力になり、前向きで大胆なチャレンジにつながっていました。プログラムを終えると、「これを定期的にやりたいから申し込みをしてほしい」と子どもからお願いされました。ぜひまた次の機会もありますように!

Parent

「今日のインスピレーション・ツアーで一番覚えていることは?」と娘に尋ねてみると、「お友だちとこうして(ぎゅっと抱き合う仕草をして)観たの。戦争のところだったから」とのこと。作品を鑑賞して生まれた気持ちを、その場でお友だちとわかち合えたことが、忘れられない経験になったのだと思います。

活動に寄り添う人たちの眼差し REFLECTION

ESSAY

文:上條 桂子(アートライター)

みんなで対話を重ね、驚きを共有する

かんさんは一つひとつの絵を観て感想を尋ねられると「ニセモノですね」と言った。どうやら絵の真贋を問うということではなさそうだが、彼は美術館の中にある数々の美術品を「ニセモノ」だと言い続けた。つよしさんは、自分の家に飾るという目線で作品を観ており、床からの距離が何センチかが気になった。まさかずさんは、ある絵を観ながら、もっとオレンジ色があった方がいいと指摘した。

「普通」美術館に絵画を鑑賞に行くとしたら、そこにある絵画は本物だと誰もが疑わない。「普通」美術館に展示してある作品を家に展示するなんて思わないし、高さなんか気にしない。「普通」画家が描いて美術館に展示されている絵に対して、もっとこうした方がいいとは言わないだろう。

インスピレーション・ツアーの話をアトリエ・エーのみんなから聞いて、なんと私たち大人は「普通」(先入観)に縛られていることかと愕然とした。美術館に入るとまずはキャプションの文字にかじりついて、どんな作家なのか、その作家は美術史の中でどんな位置づけなのかを考え、使用されているモチーフや素材を見て「ほほう」と腕組みをし、絵を知った気になる。作品の楽しみ方は自由だから!と言われても一向に自由になれない大人たちは、多様な人たちの声を聞くことで先入観という鎖を一つずつ外していく。

ダウン症や自閉症の子どもを中心とした絵の教室「アトリエ・エー」を主宰する赤荻徹さんは、アトリエを始めた当初はアール・ブリュットに傾倒し、そうした作家を生み出し社会参加を促したいという目論見があったが、活動を始めてみると、その構想は一気に吹き飛んだ。「思っていたようなアール・ブリュットの作家はそこにはいなかった」と赤荻さんは言うが、それは決して否定的な意味ではない。目の前にはアートという制度には到底ハマらない「多様な表現」が広がっていたのだ。アール・ブリュット自体はアートというシステムの周縁に位置づけられる人々の表現だが、それが一度アートシーン(市場)へと持ち上げられると、価値を持つ作品/持たない作品に分けられてしまう。果たしてその価値とは何なのだろうか。赤荻さんは、価値づけをせずに、誰でも受け入れ、すべてを肯定し祝福するとアトリエの方向性を決めた。

アトリエ・エーの時間は驚きの連続だ。それは、子どもたちのクリエイティビティが素晴らしいのもあるが、それだけではなく赤荻さんを始めとするスタッフと子どもたちがともに作り出すあたたかく、善い空気ーーそれはポジティブな驚き(アメイズメント)を増幅し、周囲に伝播する、に満ちているからだ。

子どもたちの表現は、日常の些細な出来事や当たり前なことの積み重ねから生まれる。家族や学校の先生、友だち、好きなキャラクターやアイドル、テレビやYouTubeで見たもの、旅行で見た景色……。なんでもない日常だ。毎回最後に発表の時間がある。ここが一番盛り上がる、楽しい時間だ。絵ではなくダンスや歌を発表する子もいれば、発表しない子もいる。日常の些細な出来事に満ちた表現を、アトリエスタッフたちは驚きを持って受け入れ、肯定し、おもしろがり、祝福する。そうした一人ひとりの振る舞いは、周囲にポジティブに影響し、増幅し、広がってゆく。専門家でなくても好奇心さえあればケアに参加できるという勇気をもらえる。

CATのインスピレーション・ツアーでは、いつものアトリエスタッフに加え、ディア ミーのアレンジによりさらに多様な大人が鑑賞に加わり、一対一で丁寧に子どもたちの言葉をすくい取っていった。美術館に行くという体験にプラスして、いつもと違う他者が話を聞いた。多様な表現である作品を通して他者と意見を交わす「対話」ができる、非日常の体験だ。この企画があって初めてきちんと参加者と対話できたと話すスタッフもいた。体験後のアトリエの時間は本当に賑やかだった。新しい画材やテーマに意欲的に挑戦する子どもたちは、わかりやすくインスピレーションを受けていた。

ツアーでインスピレーションを受けたのは参加した子どもたちだけではない。周囲の大人たちだ。冒頭にも書いたが、美術館にも行き慣れており、美術作品にも人より多く触れているであろう大人たちは、先入観のない彼/彼女らからの言葉を聞き、驚きを持って美術館を後にしただろう。社会を変えていこうと思う時、いつだって変わらなきゃいけないのは、大人だ。

「もっとも一般的な意味において、ケアは人類的な活動 a species activity であり、わたしたちがこの世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復するためになす、すべての活動」(ジョアン・C・トロント[著]岡野八代[訳・著]『ケアするのは誰か?ー新しい民主主義のかたちへ』より)

「メンタルヘルスに問題を抱えていることを“オープンマインド”な状態」だという、ミュージアム・オブ・マインド、ハンス・ルイエン館長のトークでの言葉も目から鱗だった。また先入観である。多様な人々と交わることで、驚きの数は増える一方だ。と同時に、自分が持っていた先入観の多さにも驚かされる。しかし、いくつになったって自分の考え方なんて変えられるじゃないか、そう思うとなんだか嬉しいし、こうした驚きがもっと広まったらいいのにと思う。

COLLECTIVE AMAZEMENTS TROUPE

主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] 文化庁
協働団体:アトリエ・エー ミュージアム・オブ・マインド

文化庁委託事業「令和4年度 障害者等による文化芸術活動推進事業」『障害のある子供たちの表現力を引き出す、芸術の鑑賞体験と表現のインスピレーションプログラム』

企画:AIT ディア ミープロジェクト/協力:資生堂カメリアファンド SBI新生銀行グループ ローランド株式会社 東京国立近代美術館
企画・制作:堀内 奈穂子 藤井 理花 山口 麻里菜 和田 真文(AIT)/企画協力:赤荻 徹 赤荻 洋子(アトリエ・エー)/編集・広報ディレクション:石田 エリ 内田 稜真/エッセイ:上條 桂子/ウェブデザイン:畔柳 仁昭 小野 里恵(株式会社サザランド) 岩崎 久美子(Clype)/記録写真:阪本 勇/記録映像:折笠 貴 藤井 康之/テキスト:ディア ミー/翻訳:池田 哲 直江 智子/英文校正:ロジャー・マクドナルド(AIT)

CAT 2022 Program※順不同

Inspiration Program_November 20, 23 / December 18, 2022

ファシリテーター:横須賀 拓 赤荻 洋子 ネトルトン タロウ 小林 エリカ 前田 ひさえ 西田 友子 岩中 可南子 安永 寛子 直江 智子 藤井 康之 ローツェ 加藤 紗希 平松 可南子/ナビゲーター:堀内 奈穂子 藤井 理花(AIT) 赤荻 徹(アトリエ・エー)

Study session_January 13, 2023

スピーカー:ヨレイン・ポスティムス(ミュージアム・オブ・マインド) 赤荻 徹 堀内 奈穂子 藤井 理花/通訳:ジェイミ・ハンフリーズ

Public Talk “Utility of Art and Mental Health”_March 10, 2023

スピーカー:ハンス・ルイエン(ミュージアム・オブ・マインド) 赤荻 徹(アトリエ・エー) ロジャー・マクドナルド 堀内 奈穂子 藤井 理花(AIT)/通訳:池田 哲/文字情報サポート:坂本 朋恵(文織工房) 上林 玲子 我那覇 真紀

Special Thanks

岸部 二三代(資生堂カメリアファンド) 永井 亮太(ローランド株式会社) 江頭 優子(SBI新生銀行グループ) 桝田 倫広(東京国立近代美術館) バス・ヴァルクス(オランダ王国大使館)
ご協力いただいたすべてのみなさん

Agency for Cultural Affairs government of Japan