コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ[CAT]は、「ディア ミー」(日本)と、「アトリエ・エー」(日本)、「ミュージアム・オブ・マインド(心の美術館)」(オランダ)、3者のコラボレーションによるアートプロジェクトです。
「コレクティヴ・アメイズメンツ」は、集団で体験する驚き、「トゥループ」は、一人ひとり独立した表現者たちの集まりを意味します。多様な特性のある子どもや若者、大人の伴走者が互いに好奇心を持って出会い、表現の場をともにつくりだしていくことを目的とした活動です。
2016年に「NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]」で発足した「ディア ミー」プロジェクトでは、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもや若者が、アートというプラットフォームを介して自然に混ざり合い、互いの異なる視点や思考からよりよい未来を考え学び合うプログラムを創出してきました。
アート鑑賞プログラムや創作ワークショップなど、これまでディア ミーの活動で培った経験や関係性をさらに発展させるべく、2つの団体とのパートナーシップのもと、2022年よりスタートしたのが本プロジェクトです。パートナー団体の「アトリエ・エー」は、20年にわたりダウン症や自閉症など発達に特性のあるメンバーを中心に絵を描く活動を行ってきた市民グループで、「ミュージアム・オブ・マインド」は、アートや科学、ケアを通じて社会にメンタルヘルスと心の多様性の理解を促していくことを目的としたオランダの美術館です。
このCATプロジェクトは、今後、複数年にわたり日本とオランダのNPO、市民団体、美術館、それぞれの活動の場で得た知見や経験を持ち寄り共有すること。そして、多様な人々とのアート体験から生まれる表現や変化をアート・医療・教育のフィールドから多角的に考察し、その学びの意義を見出すことで、ゆくゆくはニューロダイバーシティ※を推進するアートプログラムへと発展させていく試みです。
本ウェブサイトは、プログラムの成果やデータの紹介を主な目的とせず、多様な子ども・若者の声や表現、それぞれの小さなエピソードをはじめ、彼らに寄り添う医療従事者や精神福祉に携わるスタッフやアーティストなどの声を紹介することで、アートの新たな有用性について考え、その意味を広げていくための場を目指します。
※ニューロダイバーシティ:「神経多様性」を意味する、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の2つを掛け合わせた言葉。「脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性と捉えて互いに尊重し、その違いを社会の中で生かしていこう」という考え方。
アトリエ・エーは、ダウン症、自閉症の子どもたちを中心とした絵の教室。赤荻徹さん・洋子さん夫妻により、2003年から東京・渋谷区で月1回開催する形でスタートした市民活動です。
アトリエ・エーが生まれたきっかけは、2002年、徹さんがコーチとして立ち上げに参加した、ダウン症の子どもたちのサッカーチーム「エイブルFC」のメンバー、京太郎さんとの出会いからでした。ある日、京太郎さんが赤荻さんの自宅に泊まることになり、そこで彼はかわいらしい猫の絵を描き始めました。もともとアートが好きで、アウトサイダー・アートにも関心のあった赤荻さん夫妻は、その京太郎さんの様子を見て、子どもたちの創作の時間をつくり才能を支援する、学校でも福祉作業所でもない余暇を楽しむ絵の教室をはじめよう、と閃きました。こうして翌年、赤荻さんの自宅でアトリエ・エーが始まりました。
徹さんは、両親が教員でお母さんは特別支援学校の教員だったため、ダウン症や自閉症の子どもたちは昔からとても身近な存在で、彼らの個性をよく理解していました。子どもたち3人から始めたアトリエは、年を追うごとにメンバーが増え、2023年で20年目。今では、100人を超える子どもたちと、同じく100人を超える教室を支えるスタッフが参加。子どもたちの個性に負けないくらい、スタッフの大人たちも、俳優やデザイナー、編集者、ミュージシャン、アーティスト、アートキュレーターなど、多才な面々が集まります。
アトリエの活動は、それぞれに描きたい絵を自由に描き、描いた絵を全員の前で一人ひとり発表するというシンプルなものです。活動を始めた当初は、アートの仕事に携わる友人のスタッフと試行錯誤しながら、各回テーマや課題をもうけて創作していましたが、回を重ねるごとに、子どもたちのクリエイティブな自己表現のサポートに重きを置くようになりました。今ではサポートという概念さえも越え、子どもも大人も参加者全員が互いに刺激を受け合い、友情を育み、表現のすべてを受け入れ祝福することのみで成り立つ、豊かで楽しい場所になっています。アートが主目的の活動場所から、インクルーシブな交流拠点に変わりつつあります。
京太郎さんの写経の作品
京太郎さんが写経の作品を描き始めたのは、よく行くコンビニエンスストアの店員さんから写経をプレゼントしてもらったことがきっかけだったそう。以来、家でもアトリエでも、毎日写経をモチーフに色鉛筆でカラフルな文字を描いている。
アトリエでの発表の時間
アトリエ活動では、毎回最後にみんなの前で描いた作品を発表する。人前が恥ずかしい子も、パフォーマンスが得意な子も、赤荻さんとの掛け合いが楽しくて発表待ちの行列ができるほど一番盛り上がる時間。
ミュージアム・オブ・マインドは、ドルハウス財団が運営する、「ヘルスケア」「アート」「サイエンス」の境界を超えたコレクションとプログラムを展開する美術館です。
700年以上前に建てられ、ハンセン病患者の隔離施設や精神病院として使用されてきた、ヘルスケアの歴史を持つ建造物を活用し、2005年に開館。かつて使用されていた独房などをハイライトとして残す形で、2020年に大規模改修を行いリニューアル・オープン、2022年には「ヨーロッパ・ミュージアム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。
オランダで唯一、アウトサイダー・アートの大規模で国際的なコレクションを所蔵、常設展示している美術館でもあり、ユニークでパワフルでありながら、もろく壊れやすい人間の心の多様さにフォーカスし、自分自身と他者の心を発見するさまざまな展示やプログラムが展開されています。
自殺防止団体との協働プログラム「word up」
自死をはじめ、タブーとされる話題を青少年の日常空間である学校に持ち込み、複雑な感情を言葉やダンス、音楽などで自由に表現できる場を創出するプログラム。
アートと健康を考えるプログラム
「genees kunst」
医療従事者を対象に「美術と健康の関係性」について考察するプログラム。参加者それぞれが自身の医療的専門業務にアートをどう取り入れられるか、患者にとってアートはどんな意味を持つのか、ともに考え試行錯誤を重ねていく。
ファン・ゴッホ美術館との協働
オランダを代表するポスト印象派の画家、ファン・ゴッホ最大のコレクションを有する「ファン・ゴッホ美術館」との協働プロジェクトを準備中。長く精神的な症状を抱えながら創作を続けたという「ゴッホの精神状態」を出発点に、特に若者を対象としたメンタルヘルス・プログラムの準備を進めている。
寄り添う音声ガイド「Route」
美術館の音声ガイドの可能性を広げるプログラム。アート鑑賞に新しい視点をもたらしてくれる、俳優で映画監督のナズミエ・オラルの声による「オープン・マインド・ルート」。展示空間でゆったりとした時間が過ごせる、フローマガジン社とのコラボレートによる「フロー・スロー・アート・ルート」。8〜12歳の子どもたちのための「チルドレンズ・ルート」では、自分だけのガイドをつくることも。
ミュージアムカフェ
「Thuys, inspired by Ron Blaauw」
ミュージアム・オブ・マインドの建物の中で最も古い礼拝堂を、リニューアルに伴いカフェとしてオープン。シェフのロン・ブラウ氏のチームと協力し、このカフェでは、雇用市場から遠ざかっている人たちが社会復帰するための雇用を提供する社会的企業としても動き始めている。
2001年、現代アートに興味がある誰もが学び、対話し、思考するプラットフォームづくりを目指して、6名のキュレーターとアート・マネジャーが立ち上げたNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]。近年では、国内外のアーティストや研究者、文化機関、財団などと連携しながら、ホリスティックな視点でアートと社会を捉え直す学びを提供している中で、2016年にディア ミー(dear Me)プロジェクトが誕生しました。ディア ミーとは、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもや若者と、アートの思考やアーティストの表現を軸に、よりよい未来を想像するプロジェクト。
アートの自由な世界や多様な価値観を共有するワークショップやイベントを企画・実施しています。美術館にでかけ作品に出合う「美術鑑賞プログラム」、国内外のアーティストやアートの専門家を招いて行う「創作ワークショップ」、アートとケアを横断するレクチャー、表現を通じて当事者の声を発信するプログラムなど、子どもたちの自己肯定感を高めながら自由に表現する場、そして世界の広がりと社会とのつながりが実感できるような機会を創出しています。
多様な子ども・若者との美術鑑賞プログラム
異なるバックグラウンドを持つ子どもや若者とともに美術館へ出かけ、芸術表現と直に出合う鑑賞プログラム。ファシリテーターには、アート関係者だけでなく、精神科医や哲学者など、多領域の専門家が参加。作品を体感しながらじっくりと観察し、自由に物語を膨らませて対話を深めていくことで、想像力を育み多様な生き方へと視野を広げていくことができる。
海外からケアとアートの専門家を招いて行う
国際的な教育プログラム
メンタルヘルスとアートを結ぶ先駆的なプログラムを実施する海外の芸術団体や美術館からアーティストやキュレーター、エデュケーターを招き、子どもや若者を対象にワークショップを実施しています。アートを通して自然に外国語や異文化に触れながらコミュニケーションを取ることで、新たな体験を創出。アーティストやキュレーターにとっても、子どもたちの感性やアイデアに触れることでインスピレーションが得られる機会となり、作品やプロジェクトが発展することも。
同時代を生きる現代アーティストによる
ワークショップ
国内で活動するアーティストをゲストに招き、多様な子どもや若者を対象にしたワークショップを開催。ワークショップでは、アートを通じて、子どもたちが本来持っている想像力や表現力を引きだす工夫を取り入れ、作品をつくるきっかけや社会への批評的な眼差しなど、作品制作の背景にあるアーティストのさまざまな考えに触れながら、主体的に発言、表現する方法を見つけていく。
児童福祉団体を通じた多様なコミュニティーと
アーティストの連携
いろいろな国にルーツを持つ子どもや若者、障害や発達の特性のある子ども、児童福祉施設で暮らす子どもなど、多様なコミュニティーの子どもや若者とアーティストの協働をサポート。アートが持つ、フレームに捉われない自由な発想を生かして、それぞれが自然に混ざり合う場をつくり、経験をわかち合う活動をしている。表面的には見えづらい不登校や子どもの貧困ほか、現代社会にあるさまざまな課題をともに考え、よりよい未来を考えるヒントを探る。
INSPIRATION PROGRAM
お出かけツアーとアトリエ創作活動
CATの2022年度の取り組みとして、障害のあるメンバーとともに美術館を訪れ、対話を重ねながら新たな刺激や発見を得る「インスピレーション・ツアー(美術館でのアート鑑賞)」と、後日にその経験から自身の表現を深める創作活動を行う、「インスピレーション・プログラム」を実施しました。
インスピレーション・ツアーは、協働団体である「ミュージアム・オブ・マインド」館長のハンス・ルイエンさんがアドバイザーを務めるアムステルダムの「アウトサイダー・アート ギャラリー」で行われているプログラムに着想を得ました。障害のあるアーティストだけでなく、子どもから大人、時にはホームレスの友人も一緒に美術館やアーティストのスタジオなどに出かけ、ともに時間を過ごし、「そこで得た刺激や出会いが、参加者の新しい創作につながるかもしれない」というワクワクするような考えのもとで行われている活動です。ディア ミーのスタッフが2018年に現地を訪問した際にこのプログラムをヒアリングしたことから、本協働プロジェクトが始まりました。
第一回目となるインスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーのメンバーとアトリエを飛び出して美術館へ。いつもアトリエで一緒に創作しているみんなで知らない場所にでかけ新しい表現に出合うと、どんなことが起き、どんな表現が生まれるのでしょうか。
訪れたのは「東京国立近代美術館」の「MOMATコレクション展」。100年以上にわたる近現代のアーティストたちのさまざまな表現に触れ、その数日後に、いつものアトリエで創作活動を行いました。
MEMBER
インスピレーション・プログラムに参加した
アトリエ・エーの13人のメンバー
かんさん
アトリエ・エーの初期から通うメンバーのひとり。
お気に入りのモチーフはドレス。
One of the members who has been coming
to atelier A since its early days.
His favourite motif is a dress.
ゆかりさん
かわいらしいものが大好き。
お気に入りのキャラは、
星のカービィやドラミちゃん。
She loves cute things.
Her favourite characters are
Kirby the star and Dorami.
まさかずさん
普段から美術館に行くのが好き。
展覧会フライヤーに着想を得て絵を描くことも。
He likes to make regular visits to museums.
He sometimes draws pictures inspired
by flyers of exhibitions.
とわのさん
シニヨンヘアが似合うバレリーナ。
かわいいものとゴージャスな雰囲気が好み。
She is a ballerina with chignon hair who likes
pretty things and gorgeous atmosphere.
よういちろうさん
アトリエ・エーの初期メンバー。
創作のモチーフは主にポケモン。
国旗や外国にも興味津々。
An early member of atelier A.
The main motif of his creations is Pokémon.
He is also interested in flags and foreign countries.
ひかるさん
夢はイラストレーター。
緻密な筆致の作風とは対照的に、
ダンスパフォーマンスも得意。
His dream is to be an illustrator.
In contrast to his style of detailed brushwork,
he is also an accomplished dance performer.
ケンタさん
幼い頃からアトリエ・エーに参加。
柔術からサッカーまで、さまざまなスポーツに挑戦。
He has been attending atelier A since he was a small child.
He has tried many different
sports, from jujitsu to football.
つよしさん
アトリエ・エーのスタート当初から参加。
空想のカクテルの絵に言葉を添えたシリーズを制作。
A member who has participated in atelier A since its start.
He has created a series of pictures drawing
imaginary cocktails with words.
いまさん
猫と本と体操が大好き。
絵と文字で描いた地域猫調査票を制作中。
She loves cats, books and gymnastics.
She is working on creating a report with pictures
and texts studying neighborhood cats.
チセさん
表情豊かでチャーミング。
想像力あふれるモチーフから多彩な絵を描く。
An expressive and charming girl.
She draws a variety of pictures from
imaginative motifs.
けんたさん
歴史や動物に詳しく、
好奇心旺盛なアトリエ・エーのムードメーカー。
He is filled with curiosity and is very knowledgeable
about history and animals. With his cheerfulness,
he always lightens the mood at atelier A.
しょうまさん+はるきさん
ポケモンをきっかけに意気投合。
年は少し離れているけど、兄弟のように仲良し。
They became friends through their mutual
interest in Pokémon. Though a bit apart in age,
they are as close as brothers.
INSPIRATION
TOUR
みんなで美術館へ
at The National Museum of
Modern Art (Chiyoda Ward,Tokyo)
東京国立近代美術館(東京都千代田区)
2022年11月20日、初回となるインスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーに通うメンバー(子どもと若者)とファシリテーター(大人)合わせて41名で、東京国立近代美術館へお出かけ。メンバーとファシリテーターが少人数のグループやペアにわかれて、所蔵作品展「MOMATコレクション」で、近現代の100年以上にわたるさまざまな表現を鑑賞しました。
グループは、障害のあるメンバーとないメンバーとが混ざり合うように。また、デザイナーやアーティスト、精神科医、ソーシャルワーカーなどの専門性を持つファシリテーター1名につきメンバー1〜2名(ほぼマンツーマン)となるように構成。中には、美術館を初めて訪れるというメンバーもいたため、ファシリテーターは一人ひとりの声に丁寧に耳を傾けることに注意を払い鑑賞を進めました。メンバーそれぞれが、展示作品の色や形、モチーフなどから得たインスピレーションを自由に語り合う中で、また別のインスピレーションが生まれる瞬間も。一人ひとりの個性あふれる視点が、ファシリテーターの大人にも刺激を与えました。ツアーの最後には、それぞれが気になった作品や好きな作品、発見したことなどについて話し合う振り返りの場を設け、後日に予定しているアトリエでの創作活動の土壌をつくりました。
萬鉄五郎《裸体美人》1912年
東京国立近代美術館蔵 重要文化財
Tetsugoro Yorozu《Nude Beauty》1912
Collection of The National Museum of Modern Art, Tokyo
National Important Cultural Property
Photo: MOMAT/DNPartcom
MOMATコレクション鑑賞風景
Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto
泥棒に色を盗まれたの
Colors were stolen
by a thief.
MOMATコレクション鑑賞風景
Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto
猫浮かんでる!
Cat floating!
原田直次郎《騎龍観音》1890年
東京国立近代美術館寄託 護国寺蔵 重要文化財
Naojiro Harada《Guanyin riding the dragon》1890
National Museum of Modern Art, Tokyo
Long term loan (Gokokuji Temple Collection)
National Important Cultural Property
神様だね。頭の後ろに丸い輪っかがあるから
あと金色の持ってる
額縁がかわいい。みんなのと違って、キラキラしてる
本物の龍みたい
‘It’s God, isn’t it?
‘Because she has a round ring on
the back of her head.’
‘And she has a golden thing.’
‘The frame is cute. It’s different
from everyone else’s. It’s shiny.
It looks like a real dragon.’
龍が犬みたいでかわいい。乗ってみたい
Cute dragon, like a dog.
I want to ride it.
フェルナン・レジェ《女と花》1926年
東京国立近代美術館蔵
Fernand Léger《Woman and Flower》1926
Collection of The National Museum of Modern Art, Tokyo
Photo:MOMAT/DNPartcom
これはすごい。人間があって、音楽みたい。
パソコンみたいにも見える、四角くなってて
This is amazing.
There’s someone, it’s like
music here. It’s square and
looks like a computer.
これはチョコレートメーカー。
頭の後ろの丸のところでチョコレートをつくって、
口からでてくるの
This is a chocolate maker.
It makes chocolate in a
circle behind her head and
it comes out of her mouth.
MOMATコレクション 鑑賞風景
Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto
幸せだから色がいっぱいある
Happiness brings
out many colors.
あれは、花火
Those are
fireworks.
奥村土牛《閑日》1974年
東京国立近代美術館蔵
Togyu Okumura《A Leisure Day》1974
Collection of The National Museum of
Modern Art, Tokyo
Photo: MOMAT/DNPartcom
これ好き!
I like it!
わたしも猫好きよ。かわいいから好き
I like cats too
because they’re cute.
MOMATコレクション 鑑賞風景
Viewing the MOMAT collection exhibition
Photo: Isamu Sakamoto
赤が日本、緑がブラジル、青がスウェーデン、
黄色は韓国、中国、メキシコ。茶色は鉄道
Red is Japan, green is Brazil,
blue is Sweden,
yellow is South Korea,
China, Mexico.
Brown is railway.
これピアノ。ずっと見えないね
This is a piano.
Can’t see it
the whole time.
ニンジン、モヤシ、ブルーベリー。お腹すいたね〜
Carrots, bean sprouts,
blueberries. I’m starving.
CREATION
アトリエでの創作活動
at Uehara Social Education Center
(Shibuya Ward, Tokyo)
上原社会教育館(東京都渋谷区)
2022年11月23日と12月18日(インスピレーション・ツアーの3日後と1カ月後)に、プログラム参加メンバー40名による創作活動を行いました。普段の画材に加えて、いつものアトリエ・エーの創作活動では使わない、大きな画用紙やアクリル絵の具、ローラーやハケ、水彩多色色鉛筆などを用意。「絵の具を使ったことがない」というメンバーも、初めての素材の感触をゆっくりと楽しみ、大胆な新しい表現にもチャレンジしていました。
いつも通り、「描きたい絵を自由に描こう」を前提に、美術館で観た作品をモチーフに描いた絵に、いつも描いているお気に入りのキャラクターの絵をコラージュしたりと、これまでの創作活動では見られなかった発想や表現が生まれていました。中には、おしゃべりに夢中になって、なかなか筆が進まないメンバーも。いつもと変わらない光景の中に、少しずつ新たな創造性が育まれつつあります。
コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ[CAT]では、プログラム実践とそのエピソードを紹介するだけでなく、この取り組みに携わる多様な大人たちとの「リフレクション」(感想・考え・振り返り)までをひとつの成果とし、次の実践へとつないでいきます。
ここでは、インスピレーション・プログラムに参加したファシリテーターやスタッフによるさまざまな視点を紹介。また、2023年1月13日と3月10日には、CATの取り組みを広く考察するため、オランダと日本をつなぎ、スタディ・セッションとトークイベントを開催しました。
CATでは、アートや精神医療に携わる多様な大人の視点、普段の子どもをよく知る大人の視点、また、オランダと日本の3つの協働団体の視点など、複数の眼差しを交差させ、この学び合いによって生まれる未来を想像し続けていきます。
活動を長期的に眺めていくことで、有機的なつながりが生まれ、子どもや若者のメンタルヘルス向上の場が育まれていくこと。さらには、多様な人々が芸術体験(=驚き)を共有することで得られるアートの有用性と可能性を考えていきます。
TALK SESSION
日本とオランダをつなぐ
トークイベント
2023.3.10
「すべての芸術は、人間の“エクスタシーの状態を促す扉”」
ALL ART FORMS ARE THE
“PORTAL TO STATES OF
ECSTASY” FOR HUMANS.
ロジャー・マクドナルド
Roger McDonald
Independent Curator, Program Director of TOTAL ARTS STUDIES
「少しの違いに好奇心を持つことが、
お互いを支え合う気持ちの芽生えになる」
TO BE CURIOUS ABOUT THE SUBTLE
DIFFERENCES MARKS THE
BEGINNING OF THE GERMINATION
OF A SENSE OF MUTUAL SUPPORT.
赤荻 徹
Tetsu Akaogi
Director, atelier A
「“私たちの心はみんな違う状態にある”ことを
しっかりと認知していくのが非常に大事」
IT IS VERY IMPORTANT TO
RECOGNIZE THAT “OUR MINDS
ARE ALL IN DIFFERENT
STATES OF BEING”.
ハンス・ルイエン
Hans Looijen
Director, Museum of the Mind
「個人の体験、変化、ストーリーを見ることが、
プログラムの意義になる」
THE SIGNIFICANCE OF THE
PROGRAM IS IN WITNESSING
THE EXPERIENCES,CHANGES,AND
STORIES OF THE INDIVIDUALS.
堀内 奈穂子
Naoko Horiuchi
AIT Curator, Director of dearMe
COMMENTS
ファシリテーターと
保護者の振り返り
赤荻 徹
アトリエ・エー主宰
Tetsu Akaogi(Director, atelier A)
インスピレーション・ツアーでは、アトリエ・エーのスタッフがファシリテーターとして参加しました。ほぼ一対一で子どもたちの絵の感想や解釈の言語化をじっくり待ち、聞き取ってくれたことで、障害の有無を越えて他者の視点に触れながらアートを鑑賞するおもしろさを発見することができました。
また、アートがそれぞれの内なる言葉を引きだすコミュニケーションの手段になることを、改めて実感しました。アートを介して、お互いがどんなふうに世界を見ているのかを知ることができたことは、スタッフにとっても子どもたちにとっても、とても刺激的な体験になったと思います。
インスピレーション・ツアーを終えた数日後のアトリエ・エーでの創作活動については、正直なところ、ツアーでの体験が影響を及ぼすかどうかまったく想像できませんでしたが、子どもたちがいつもと違う画材や大きなサイズの紙に果敢に取り組み、鑑賞した名画からインスピレーションを受けたすばらしい作品を次々と描き上げたことに驚き、その無限のポテンシャルに心が震えました。
特に印象に残ったのは、何人かの子どもたちが、かたくなに画材を変えなかったり、ツアーに影響を受けたと思われるモチーフの間にチラッと自分の好きなキャラクターを忍ばせたり、絵の具で描いた作品にちょっとだけいつもの画材でいつものモチーフを描いていたことです。どうしても「いつもの」が「でちゃう感」が愛おしくてたまらなかったのです。
今回いつもと違う活動をしたことで、いつものアトリエ・エーの活動の尊さを実感できたことも大きな収穫でした。いつもの繰り返しがあるから、(その繰り返しが続けば続くほどに)その日の発表の中にある少しの変化が新しく見えるし、いつもの繰り返しの中で変わらないものにこそ、その人の本質があるのではないかとも思いました。
成功裏に終わったインスピレーション・ツアーと創作活動を、今後も継続し、たくさんの子どもたちに体験してほしいと強く願っています。ご協力いただいたすべてのみなさまに、改めて感謝申し上げます。
西田 友子
精神科 ソーシャルワーカー
Tomoko Nishida(Psychiatric Social Worker)
インスピレーション・ツアーでは、みんなそれぞれに作品に対する視点や考えを熱心に伝えてくれました。どのコメントも私ひとりでは閃かないようなものばかりで、アトリエ・エーの温かい雰囲気の中、安心してのびのびと自己表現できていたと思います。そんな子どもたちの表情ややり取りを見て、こちらまで癒されました!ソーシャルワーカーという私自身の仕事においても、他者とのかかわり方について改めて見つめ直すいい機会にもなりました。
前田 ひさえ
イラストレーター
Hisae Maeda(Illustrator)
可能な限りたくさんの子どもたちにこのような機会があるといいな、と願わずにはいられませんでした。そして改めて、障がいがあってもなくても、子どもたちにはともに助け合える関係を築いてほしいと感じました。彼ら彼女らが、いつも友人として隣にいることが自然な社会になってほしいです。
保護者
Parent
子ども自身は詳しくは語らないし、どんなことを伝えたいのか、完全に理解するには難しい部分もあったのですが、充実した時間を過ごせたことは、確かに伝わってきました。
安永 寛子
企画ト伴奏
Hiroko Yasunaga(Planning and Accompaniment)
私が美術鑑賞をする時は、どうしてもその作家の人となりや、時代背景などから作品を読み解いていこうとしてしまいがちなのですが、このツアーに参加した子どもたちは一つひとつの作品と出合っては、その都度自分なりの反応を、大小さまざまに表現していました。また、鑑賞後の振り返りで感想を出し合い、それぞれが印象に残った作品を挙げた際、選ぶ作品にそれぞれの個性が感じられ、子どもの心と作品がつながる部分があったように感じました。今回の鑑賞ツアー自体が、オープンで自由な雰囲気を呈していたので、皆が感じたままに気持ちを言葉にすることができたのではないかな、と思いました。
横須賀 拓
グラフィックデザイナー
Taku Yokosuka (Graphic Designer)
鑑賞と創作を終えたあと、つよしさんから「またみんなで美術館に行きたいな」という言葉がでました。それだけでも、今回の企画は大成功だといえると思いました。
保護者
Parent
「楽しかった」と言っていました。仲間と一緒に美術館を観て回れたのが大きな理由だったのかもしれません。
ヨレイン・ポスティムス
ミュージアム・オブ・マインド メンタルヘルス・プログラム担当
Jolien Posthumus(Mental Health Program Manager,
Museum of the Mind)
アトリエ・エーとディア ミーの活動や思いは、ミュージアム・オブ・マインドとの共通点が多く、共感できます。今回の取り組みからも、子どもたちがアートを通じてエンパワメントされること、アートの言語が、しなやかな方法で弱さを力に変えられること、写真や映像に映し出された彼らの創作風景から、それが目に見えて伝わってきました。また「お互いに好奇心を抱くところから始まる」という視点は、私たちのプログラムとの大きな共通点でもあります。多様な人同士が日常の出来事や鑑賞体験を共有することで、お互いをより深く知ることができるのです。
直江 智子
ラジオパーソナリティ、IT系団体職員
Tomoko Naoe
(Radio Personality / IT Industry Association staff)
子どもたちは、時に前屈して脚の間から絵を鑑賞したり、頭と体を横にして絵のモチーフを探ろうとしたり、いろいろな角度から自由に作品を楽しもうとしていました。
展示キャプションを読んだだけで、なんとなく作品を「わかったような」気になっている私たち大人とは違います。鑑賞は主体的でクリエイティブな行為であることを再認識させてくれるツアーでした!
小林 エリカ
作家、マンガ家
Erika Kobayashi(Writer / Artist)
まさかずさんと一緒に展覧会を回らせていただきました。普段のアトリエでも彼とかかわる場面はありましたが、ここまでじっくり話したのは初めてでした。展示作品を前に、自分の好きな日本美術のこと、ご両親のことなど、次々広がる話を聞けたことがとてもうれしかったです。まさかずさんは、絵の構図や色合いの好みがはっきりしていて、「ここは素晴らしい」「ここにはオレンジ色を足した方がいい」といった彼ならではの視点が、私の絵画鑑賞にも新たな発見をもたらしてくれました。
創作の時間では、鑑賞の際に撮った写真をもとに、大胆で繊細な水彩を強い信念を持って仕上げ、その情熱に胸打たれました。私自身が多くを学ばせてもらったツアーになりました。
ローツェ
精神科医
Lhotse(Psychiatrist)
私たちは美術館に行く時に「展示しているものは、実際の人間や景色ではなく作品である。その作品は、自分のものではない」というなんとなくの前提を持っています。でも、今回のツアーでは、参加者たちにその前提はありませんでした。ある参加者は作品が「本物であるか偽物であるか」という観点から鑑賞していました。また、ある参加者は「自分の部屋に飾れるかどうか」という観点から鑑賞していました。そこで改めて、私自身がいつもなんらかの前提を持って美術を鑑賞していたことを再認識しました。また、その前提はほかの人たちも同じだと思い込んでいたことにも。物事を認知する時の枠組みが自分と他者とでは異なること、他者を知るとはどういうことかについて考えさせられました。自分にたくさんの気づきを与えてくれた参加者たちに感謝です!
加藤 紗希
振付師、俳優
Saki Kato(Choreographer / Actor)
「言語化すること」について改めて考える、いい機会になりました。鑑賞中は、抽象画の方がより盛り上がる雰囲気があり、想像することを楽しんでいるように感じました。ある作品を前に、自分の中でイメージを膨らませたしょうまさんが「こんな感じだねっ」といって身体を使ってポーズを取った瞬間がとってもよかったです。言語化するよりもまず、脊髄反射的に表現している感じがしました。
ネトルトン タロウ
視覚文化博士、美術批評
Taro Nettleton(Associate Professor of Art History,
Temple University Japan Campus)
鑑賞ツアーが始まったとたん、けんたさんがガイドとして、ファシリテーターである僕をツアーに連れて回るというふうにシナリオをひっくり返したのが印象的でした。僕はそもそもけんたさんに作品解説をするつもりはなかったのですが、けんたさんはおそらく「ガイドされる」という状況を察して、イベント内容を自分に合うように瞬時に変えた、とてもクリエイティブな対応だと思いました。残念だったのは、彼が説明する側に立ったため、「素早く内容(具象されているもの)を把握すること」に重点が置かれてしまったこと。ゆっくり作品を観る、期待以外の経験をする、という機会にはならなかったように思います。
平松 可南子
アーティスト
Kanako Hiramatsu(Artist)
普段あまりない経験でとても楽しかったです! みんなが楽しそうに描いているのを見て、私も初めて触れる素材に対して向き合うおもしろさを知りました。
岩中 可南子
アートコーディネーター
Kanako Iwanaka(Art Coordinator)
この時間が子どもたちにとってどうだったのか、いつもの美術館での体験とは違うのか、それぞれの中に何か残ったのか、今はまだ分からないけど、みんながこれからどんな絵を描いていくのか楽しみです。
保護者
Parent
これまでも子どもとよく美術館を訪れてはいましたが、こんなふうに一生懸命に絵を観てそれを言葉にしていたのは初めてのことでした。何より、一対一でじっくりと自分の話や意見に耳を傾けてもらえたことがうれしかったようですごく自信もついたようでした。絵画の制作においても同様で、誰かが自分に真剣に向き合ってくれているということが大きな力になり、前向きで大胆なチャレンジにつながっていました。プログラムを終えると、「これを定期的にやりたいから申し込みをしてほしい」と子どもからお願いされました。ぜひまた次の機会もありますように!
保護者
Parent
「今日のインスピレーション・ツアーで一番覚えていることは?」と娘に尋ねてみると、「お友だちとこうして(ぎゅっと抱き合う仕草をして)観たの。戦争のところだったから」とのこと。作品を鑑賞して生まれた気持ちを、その場でお友だちとわかち合えたことが、忘れられない経験になったのだと思います。
ESSAY
文:上條 桂子(アートライター)
みんなで対話を重ね、驚きを共有する
かんさんは一つひとつの絵を観て感想を尋ねられると「ニセモノですね」と言った。どうやら絵の真贋を問うということではなさそうだが、彼は美術館の中にある数々の美術品を「ニセモノ」だと言い続けた。つよしさんは、自分の家に飾るという目線で作品を観ており、床からの距離が何センチかが気になった。まさかずさんは、ある絵を観ながら、もっとオレンジ色があった方がいいと指摘した。
「普通」美術館に絵画を鑑賞に行くとしたら、そこにある絵画は本物だと誰もが疑わない。「普通」美術館に展示してある作品を家に展示するなんて思わないし、高さなんか気にしない。「普通」画家が描いて美術館に展示されている絵に対して、もっとこうした方がいいとは言わないだろう。
インスピレーション・ツアーの話をアトリエ・エーのみんなから聞いて、なんと私たち大人は「普通」(先入観)に縛られていることかと愕然とした。美術館に入るとまずはキャプションの文字にかじりついて、どんな作家なのか、その作家は美術史の中でどんな位置づけなのかを考え、使用されているモチーフや素材を見て「ほほう」と腕組みをし、絵を知った気になる。作品の楽しみ方は自由だから!と言われても一向に自由になれない大人たちは、多様な人たちの声を聞くことで先入観という鎖を一つずつ外していく。
ダウン症や自閉症の子どもを中心とした絵の教室「アトリエ・エー」を主宰する赤荻徹さんは、アトリエを始めた当初はアール・ブリュットに傾倒し、そうした作家を生み出し社会参加を促したいという目論見があったが、活動を始めてみると、その構想は一気に吹き飛んだ。「思っていたようなアール・ブリュットの作家はそこにはいなかった」と赤荻さんは言うが、それは決して否定的な意味ではない。目の前にはアートという制度には到底ハマらない「多様な表現」が広がっていたのだ。アール・ブリュット自体はアートというシステムの周縁に位置づけられる人々の表現だが、それが一度アートシーン(市場)へと持ち上げられると、価値を持つ作品/持たない作品に分けられてしまう。果たしてその価値とは何なのだろうか。赤荻さんは、価値づけをせずに、誰でも受け入れ、すべてを肯定し祝福するとアトリエの方向性を決めた。
アトリエ・エーの時間は驚きの連続だ。それは、子どもたちのクリエイティビティが素晴らしいのもあるが、それだけではなく赤荻さんを始めとするスタッフと子どもたちがともに作り出すあたたかく、善い空気ーーそれはポジティブな驚き(アメイズメント)を増幅し、周囲に伝播する、に満ちているからだ。
子どもたちの表現は、日常の些細な出来事や当たり前なことの積み重ねから生まれる。家族や学校の先生、友だち、好きなキャラクターやアイドル、テレビやYouTubeで見たもの、旅行で見た景色……。なんでもない日常だ。毎回最後に発表の時間がある。ここが一番盛り上がる、楽しい時間だ。絵ではなくダンスや歌を発表する子もいれば、発表しない子もいる。日常の些細な出来事に満ちた表現を、アトリエスタッフたちは驚きを持って受け入れ、肯定し、おもしろがり、祝福する。そうした一人ひとりの振る舞いは、周囲にポジティブに影響し、増幅し、広がってゆく。専門家でなくても好奇心さえあればケアに参加できるという勇気をもらえる。
CATのインスピレーション・ツアーでは、いつものアトリエスタッフに加え、ディア ミーのアレンジによりさらに多様な大人が鑑賞に加わり、一対一で丁寧に子どもたちの言葉をすくい取っていった。美術館に行くという体験にプラスして、いつもと違う他者が話を聞いた。多様な表現である作品を通して他者と意見を交わす「対話」ができる、非日常の体験だ。この企画があって初めてきちんと参加者と対話できたと話すスタッフもいた。体験後のアトリエの時間は本当に賑やかだった。新しい画材やテーマに意欲的に挑戦する子どもたちは、わかりやすくインスピレーションを受けていた。
ツアーでインスピレーションを受けたのは参加した子どもたちだけではない。周囲の大人たちだ。冒頭にも書いたが、美術館にも行き慣れており、美術作品にも人より多く触れているであろう大人たちは、先入観のない彼/彼女らからの言葉を聞き、驚きを持って美術館を後にしただろう。社会を変えていこうと思う時、いつだって変わらなきゃいけないのは、大人だ。
「もっとも一般的な意味において、ケアは人類的な活動 a species activity であり、わたしたちがこの世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復するためになす、すべての活動」(ジョアン・C・トロント[著]岡野八代[訳・著]『ケアするのは誰か?ー新しい民主主義のかたちへ』より)
「メンタルヘルスに問題を抱えていることを“オープンマインド”な状態」だという、ミュージアム・オブ・マインド、ハンス・ルイエン館長のトークでの言葉も目から鱗だった。また先入観である。多様な人々と交わることで、驚きの数は増える一方だ。と同時に、自分が持っていた先入観の多さにも驚かされる。しかし、いくつになったって自分の考え方なんて変えられるじゃないか、そう思うとなんだか嬉しいし、こうした驚きがもっと広まったらいいのにと思う。
COLLECTIVE AMAZEMENTS TROUPE
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] 文化庁
協働団体:アトリエ・エー ミュージアム・オブ・マインド
文化庁委託事業「令和4年度 障害者等による文化芸術活動推進事業」『障害のある子供たちの表現力を引き出す、芸術の鑑賞体験と表現のインスピレーションプログラム』
企画:AIT ディア ミープロジェクト/協力:資生堂カメリアファンド SBI新生銀行グループ ローランド株式会社 東京国立近代美術館
企画・制作:堀内 奈穂子 藤井 理花 山口 麻里菜 和田 真文(AIT)/企画協力:赤荻 徹 赤荻 洋子(アトリエ・エー)/編集・広報ディレクション:石田 エリ 内田 稜真/エッセイ:上條 桂子/ウェブデザイン:畔柳 仁昭 小野 里恵(株式会社サザランド) 岩崎 久美子(Clype)/記録写真:阪本 勇/記録映像:折笠 貴 藤井 康之/テキスト:ディア ミー/翻訳:池田 哲 直江 智子/英文校正:ロジャー・マクドナルド(AIT)
CAT 2022 Program※順不同
Inspiration Program_November 20, 23 / December 18, 2022
ファシリテーター:横須賀 拓 赤荻 洋子 ネトルトン タロウ 小林 エリカ 前田 ひさえ 西田 友子 岩中 可南子 安永 寛子 直江 智子 藤井 康之 ローツェ 加藤 紗希 平松 可南子/ナビゲーター:堀内 奈穂子 藤井 理花(AIT) 赤荻 徹(アトリエ・エー)
Study session_January 13, 2023
スピーカー:ヨレイン・ポスティムス(ミュージアム・オブ・マインド) 赤荻 徹 堀内 奈穂子 藤井 理花/通訳:ジェイミ・ハンフリーズ
Public Talk “Utility of Art and Mental Health”_March 10, 2023
スピーカー:ハンス・ルイエン(ミュージアム・オブ・マインド) 赤荻 徹(アトリエ・エー) ロジャー・マクドナルド 堀内 奈穂子 藤井 理花(AIT)/通訳:池田 哲/文字情報サポート:坂本 朋恵(文織工房) 上林 玲子 我那覇 真紀
Special Thanks
岸部 二三代(資生堂カメリアファンド) 永井 亮太(ローランド株式会社) 江頭 優子(SBI新生銀行グループ) 桝田 倫広(東京国立近代美術館) バス・ヴァルクス(オランダ王国大使館)
ご協力いただいたすべてのみなさん
かんさん
かんさんは、アトリエ・エー初期の頃から通い続けるメンバーのひとり。普段の創作では、鋭い牙をもつ架空の生きものや、お気に入りの人物、ドレスなどファッションアイテムをモチーフにしています。絵のまわりには、いくつかのユニークな言葉が添えられ、「コロナ ウィズ」「レドス」「すれみ」など、文字の順番が入れ替わっていることも。絵について何か質問すると「そうそう」「ちがうちがう」など、ジェスチャーで答えてくれます。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、手を後ろに組んで展示作品を覗き込み、各展示室の美術館スタッフに敬礼の挨拶をしながら巡りました。美術館に来るのは初めてというかんさん。作品をまじまじと観ながら「これ偽物よ」「あのおっさん(の絵)も偽物」などと衝撃のコメントが連発。結局、本物は見つからなかったというかんさんの本物を見つける旅は、これからも続きそうです。創作では「使うのは初めて」というアクリル絵の具と筆を手にとりました。興味深そうに色を確かめながら、木と草原を描いたあと、水が滝のように流れている様を表現していました。最後にはポスカを使って、いつものモチーフであるドレスが並んだ絵を描いていました。
ゆかりさん
アトリエ活動で、毎回最後に行う作品発表の時間では、いつも一生懸命自分の絵を説明してくれるゆかりさん。ピンク色やチェックなど、かわいらしいものが好きで、アトリエでも星のカービィや好きなキャラクターのグッズを持ってきて、それをモチーフに色とりどりのペンで絵を描いています。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、小学生のとわのさん、いまさんと一緒に鑑賞しました。とわのさんといまさんの溌剌としたコメントが飛び交う傍で、ゆかりさんも「私も魚好きよ」「えびの口、ちょっとこわい」などと、小さな声でそっとコメントしてくれました。作品のタイトルにも興味を持ったようで、「題名はなあに?」とファシリテーターのひさえさんと寛子さんに質問しながら鑑賞していました。
創作では、いつもアトリエで描いている好きなキャラクターであるドラミちゃんの横に、奥村土牛の猫を描いた作品《閑日》(1974年)からインスパイアされた猫を描きました。ドラミちゃんと猫が隣同士でにっこり笑っている、ゆかりさんらしい作品が完成しました。
まさかずさん
普段から美術館に行くのが好きなまさかずさん。アトリエ活動でも、「水木しげるの妖怪展」やデザインの展示など、観に行きたい展覧会のチラシを持参。そのチラシのイメージをもとに、抽象的な絵を描いています。お気に入りの電車の本をモチーフに描く絵も、まさかずさん特有の視点で独創的に表現されています。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、一つひとつ丁寧に鑑賞しながら、構図や色についての好き嫌いや発見をファシリテーターのエリカさんに伝えていました。「(この絵には)オレンジをもっと足した方がいい、黒が足りない」など、まさかずさんらしいこだわりが感じられるコメントも。創作では、美術館の外観写真を見ながら、アクリル絵の具で表現しました。
驚いたのはその描き方と集中力。道路に面した階段部分を黒一色で、画用紙の端から細い絵筆で隅々まで丁寧に塗り込み、グレーの建物部分は絵筆を2本同時に持ちながら、空の部分は青い絵の具をつけたローラーで描きました。最後に、当日美術館のテラスに設置されていた「大竹伸朗展」の作品のひとつ、《宇和島駅》(1997年)のネオン管を描き足し、「どうしても完成させたい」とアトリエ活動終了の時間ギリギリまで粘り、力が抜けて立ち上がれなくなるほどの集中力で仕上げました。
とわのさん
アトリエ・エーにスタッフとしてかかわっているお母さんと一緒に参加している、小学2年生のとわのさん。アトリエ活動のあとにバレエの練習へ行く時は、シニヨンヘアで参加します。お気に入りの人形を色鉛筆で描いたかわいらしい作品シリーズがあります。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、いまさんと一緒に次々思いついた感想を話しながら鑑賞していました。とわのさんは、かわいらしいものやゴージャスな雰囲気のある作品に特に惹かれていたようです。
創作では、美術館で特に印象に残った絵画、橋本明治《女優》(1967年)を色鉛筆で模写。構図を考えながら、自分が好きな色を取り入れて、洋服のふわふわした羽の部分も繊細な色使いで表現しました。
よういちろうさん
アトリエ・エーの初期から参加している、よういちろうさん。家族旅行で見た野生動物や風景から着想を得て絵を描いたり、ポケモンなど好きなキャラクターをモチーフにすることも。国旗や外国にも興味があり、スウェーデンの芸術家がアトリエに遊びにきた時には、青と黄色で、スウェーデンの国旗を描いて見せてくれました。
インスピレーション・プログラムでの様子
鑑賞した作品から連想した言葉を、どんどん伝えてくれたよういちろうさん。「あれは、虫」「あれは、歌舞伎」。抽象的な作品の中に、身近な人の顔が浮かんだようで「あれは、赤荻さんの顔」「洋子さんの顔もあった」など、豊かな想像力で教えてくれました。当日ボーダー柄の洋服を着ていたよういちろうさんは、特にモーリス・ルイスや山田正亮のボーダーをモチーフにした作品が目に留まったのだそう。線の色をいろんな国の国旗にたとえたコメントも印象的でした。
創作では、好きだったモーリス・ルイスの作品《No End》(1962年)から着想を得て、絵の具とハケで、画用紙にゆっくりと慎重に線を引いて表現しました。ボーダー作品が完成したあとは、マリオやルイージなど、いつものお気に入りのキャラクターの絵も描きました。
ひかるさん
イラストレーターになりたいという夢があるひかるさん。鉄橋を渡る電車など、情緒あふれる風景を緻密な筆致で描く一方で、作品発表の時間にはダンスを披露する一面も。最近では、映画『トップガン マーヴェリック』にハマり、コックピットのイラストを描いて、発表時に映画の一場面を再現するパフォーマンスを見せてくれた。
インスピレーション・プログラムでの様子
普段から絵を描くのも鑑賞するのも好きだというひかるさんは、ファシリテーターの友子さんとともに、作品のタイトルやキャプションを読み込み、制作された場所などの背景について調べたりしながら、一つひとつじっくり鑑賞して巡りました。アルベール・グレーズの作品、《二人の裸婦の構成》(1921年)を観て「スターバックスを知っていますか? あの人魚のロゴマークが2つに分かれているんです」とコメントしていたのが印象的でした。
創作の時間では、鉛筆で下描きをしたあと、アクリル絵の具や水彩の色鉛筆を駆使して、繊細なタッチで人魚のしっぽを丁寧に描きました。
ケンタさん
幼いころから両親と一緒にアトリエ・エーに参加している小学4年生のケンタさん。恐竜の絵からマンガのキャラクターまで、力強い筆致で描きます。スケートボードや柔術、サッカーにバスケットボールと、いろんなスポーツに興味を持っています。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、特に原田直次郎の龍の絵《騎龍観音》(1890年)が気に入ったのだそう。「龍が犬みたいでかわいい。自分も乗ってみたい」とコメント。戦争画の展示室では、軍服を着た兵士たちを観て「刀を持ってる」と、作品が描かれた時代の武器が気になっていたようでした。また、藤田嗣治の作品《哈爾哈河畔之戦闘》(1941年)の前では、絵画に描かれている空の色と陸上の戦車や兵士の対比について、「空の色がきれいだね。でも戦争。下は正反対」という感想を話してくれました。後日の創作では、絵筆を一気に走らせ大胆な構図で青い海と明るいオレンジ色の太陽を描いて発表しました。
つよしさん
アトリエ・エーがスタートした当初から参加しているメンバーのひとり。アトリエ活動では、いつも一番前の席に座って静かに絵を描いています。色鉛筆の繊細な色使いで描かれた「世界遺産」カクテルシリーズのほか、空想のカクテルの絵に《かぼちゃのこどもたちみんながあつまるばしょ》《青の町》《こんこん(キツネカクテル)》《すきな女のこの町(スモルレディカクテル)》といったタイトルをつけたシリーズも。アトリエにも毎回、コツコツと描き溜めたカクテル作品をクリアファイルにまとめて持参しています。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、「家に飾りたいお気に入りの作品を探す」という視点から、ファシリテーターの横須賀さんに「家族だけに、これきれいだね、と見せたい」と伝えて一緒に鑑賞しました。鑑賞のポイントは、好みの絵であることはもちろん、額縁のデザインや、床からの高さなど。創作では、自宅に飾ったところを想像しながら選んだ萬鉄五郎《太陽の麦畑》(c.1913年)をはじめ、いくつかの作品写真をプリントアウトして持参。その上に、つよしさんオリジナルのカクテル作品や、「額縁をイメージして描いた」という花火の絵をコラージュ。100年以上前に作品を制作した作家たちとの時代を超えたコラボレーションともいえる作品が完成しました。
いまさん
アトリエ・エーに、スタッフとしてかかわるお母さんと一緒に参加している、小学1年生のいまさん。猫が好きで、近所の地域猫の観察をしています。一匹一匹の特徴を絵と文字で描いたオリジナルの「地域猫調査票」をいつもアトリエに持参しています。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、とわのさん、ゆかりさんと一緒に、気になる作品について次々会話が広がっていました。今道子の魚のエプロンをモチーフにした写真作品《潤目鰯+エプロン》(1994年)の前で、とわのさんと「かわいい〜、でもこわい!」と手を取り合いながら鑑賞する場面も。
創作では、隣でとわのさんが好きな作品を模写している姿に触発されたのか、いまさんはインスピレーション・ツアーの中でも特に気に入った奥村土牛の猫を描いた作品《閑日》(1974年)をイメージしながら色鉛筆で描きました。「描いているところを見られるのが苦手」と、お母さんに大きな画用紙で仕切りをつくってもらい集中して作品を仕上げました。
チセさん
小学一年生のチセさんのお母さんも、アトリエ・エーのスタッフ。いつも元気いっぱいで豊かな表情を見せてくれます。空想の生きものや季節的なものなど、多彩なモチーフからイマジネーションが豊かでカラフルな絵を描きます。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、作品をひとつずつじっくり眺めながら、浮かんだ言葉を次々と口に出していました。最初はひとつの作品についての感想でしたが、だんだんと隣に並んだ作品同士が彼女の頭の中で物語としてつながっていき、展示空間全体のテーマを連想するところまでふくらみました。特に、モノクロの作品群を観て「泥棒に色を盗まれたの」と言っていたのが印象的でした。
創作では、小さな身体を目一杯動かして、大きな紙に大胆な抽象画を描きました。ローラーにいろんな色の絵の具をつけ、画用紙の上で混ぜたり、ローラーの隅を上手に使って細い線を描いたりと、独自の道具の使い方を発見していました。色や形によってチョコレートやバナナなど、食べものや物語を連想しながら描いていく様子は、インスピレーション・ツアーでの鑑賞方法にも通じていました。
けんたさん
いつも元気いっぱい、アトリエ・エーのムードメーカーけんたさん。好きな著名人を幾何学模様のように抽象的に描きます。日本中のお城や戦国時代の武将から、犬やカラスといった動物の習性まで、関心ごとも幅広く、「人間が勝手に“ペット”って呼ぶようになったんだけど、実はすごく頭がいい」など、ハッとさせられる言葉が飛び出すことも。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでは、誰よりも速く全作品を鑑賞し終えたけんたさん。最初から最後までエネルギーを切らすことなく、どの作品に対しても熱く解説していました。古賀春江の絵画《海》(1929年)には「工場があって、個性がある作品。考えているということを示している」、山口啓介《王の墓》(1989年)には「ライブがありそう」といったコメントが印象的。美術館看視スタッフに「これは国宝級ですよね!」などと投げかける場面もありました。
創作では、筆ペンやアクリル絵の具を使っていつもの幾何学模様を描きながら、「美術館にまた一緒に行こうぜ!」などと、スタッフとのおしゃべりにも花が咲きました。おしゃべりしながらだったため、作品発表の時間までに描ききれず「これは最終的にこうなります!」と、余白にスケッチを加えて発表していました。
しょうまさん&はるきさん
子ども好き、話し好きですっかりアトリエのムード・メーカーの一人となっているしょうまさん。イラストを描くことも好きで、妖怪やポケモンなど、好きなキャラクターをモチーフにしています。幼稚園生のはるきさんとはアトリエで出会い、大好きなポケモンをきっかけに、歳の差を超えてすぐに意気投合しました。
インスピレーション・プログラムでの様子
インスピレーション・ツアーでも、二人は同じグループでした。しょうまさんは、はるきさんに対し、お兄さんのような眼差しで、作品に近づきすぎないかなどを気遣っていました。作品を真横から観たり、足の間から逆さまに観たり、身体を使って自由にのびのびと鑑賞。
創作では、お互いに何を描いているかを時々気にかけながらも、それぞれ集中していました。しょうまさんは、美術館で観た迫力のある龍の作品をすっかり気に入り、スケッチブックに龍の絵を鉛筆で下描きして持参してくる力の入れようで、色や構図に頭を悩ませながらもカラフルな龍の作品を創作。はるきさんは、絵の具を混ぜてオリジナルの色をつくることに興味津々。創作の日がクリスマス間近だったこともあったからか、紫やグレージュなどが混ざったシックなもみの木の絵を完成させました。
(なんで裸なんだろう?)プールに行ったのかな
(Why is she naked?)
Maybe she went to the
swimming pool.
ピクニックかな?
食べものないからピクニックじゃないよ。ボールもない
Is she having a picnic?
It’s no picnic because there’s no
food. There’s no ball either.
お花畑なんだけど、もっとオレンジ色があった方がいい
It’s a flower garden,
but it should be
more orange.
龍に乗っかっているかも
Maybe she’s lying on
a dragon.